未知のアビリティに目覚めたら囚人闘技者にされたんだけど!? 「1話:急襲」

2015年8月1日土曜日

自作小説

t f B! P L
 夜、人気ひとけのない場所で素振りをするのが好きだった。
 特注の重しつき木刀。服は何でもいい。最低限のものを隠せればいいから、暑い日は半裸なんてこともある。
 暗くなると部屋を飛び出し、身体が満足するまでひたすら素振りを繰り返す。毎晩の日課になっている訓練は、確かな成果となって俺の剣技に磨きをかけてくれる。華々しい名声は得られずとも、生きていくだけの糧を傭兵業で稼げているのも、幼少のころから続けてきたこの習慣の賜物たまものだ。

「今日は歓楽街の外れまで足をばしてみるかぁ」

 素振りに最適な場所探しも、俺は好きだった。雇い主の商人プルマンが、この街に長く居ついて商売していることは、それに拍車をかけているかもしれない。
 というのも、この町は色彩が豊か過ぎるのだ。色彩過多と言ってもいい。
 スプレマ国首都エゴー、プルマンがここで商売に熱を上げるのはわかる。スプレマ国は大陸一の大国であるが、よそ者がここで成り上がるのは難しい。自国民の利益を第一に考えるスプレマ国では、営業権をよそ者が手にするには多額の金と豊富な人脈が不可欠だからだ。
 しかし、ひとたび営業権を手に入れれば、俗にいうスプレマンドリームの可能性を得たことになる。経済規模も大陸髄一のスプレマ国では、成功すれば莫大な富と、時には名声を得ることができる。
 つまり商人にとって、スプレマ国、中でも首都であるエゴーでの営業権の獲得は、宝の源泉の掘削権を手に入れたことと同義なのだ。

「にしたってなあ……」

 俺は嘆くように一人ごちた。

 プルマンの護衛を請け負っている俺も当然、エゴーに住むことになった。借宿で空いている部屋を探している時点で、俺を悩ます問題は目に見えて表面化していた。
 建築物群の一つ一つが競うように自己主張し、バラエティに富んだ建築様式をしているのだ。そこまでならまだいい。だが無論、そこで話は終わらない。自己主張は建築物の色彩にも波及していて、高地から見下ろす町並みは毒々しく感じるほど。
 首都エゴーには多くの貴族が住んでいて、自分たちがスプレマ国民であることに強く誇りを感じている。しかしそれは周囲との同調には繋がらず、自意識の肥大化を促す結果となった。それを表現する手段として、持ち家を彩ることにも繋がったのだ。

 ……馬鹿め!

 俺はクッ!と口角を吊り上げた。

 もし俺が貴族なら、目立ちたいなら、土地には何も建てずに寝具だけを置くね! そして、通行人の奇異な目を自信満々に見返してやりながら言ってやるのだ。

 お前には見えないのか! この素晴らしい我が家の景観が!……馬鹿め!ってな。

 いやなんかある国では、観客を集めた演奏会で、ただじっと数分間なにもせずに楽器の前に佇んでいた音楽家がいたっていうじゃん!? 

 俺はそれを日常にまで持ち込む! なんと豪胆な精神であろうか!……その音楽家はそれ以来すっかり評判が落ちて失業の危機に陥ったらしいけども。

 とにかくだ。
 そう、とにかくこの景色が、俺は嫌いなのだ。

 同僚の傭兵仲間も、この景色には当初閉口していたが、じきに慣れたようだ。雇い主プルマンの懐が温かくなるのと時を同じくして護衛する傭兵たちの報酬も上がり、遊び好きな奴が多い護衛仲間は夜な夜な歓楽街へと赴くのが日課となっている。

「興味ねえ」

 突き放すように言う。今も歓楽街で遊んでいるだろう同僚に向け、口を尖らせた。

「他の都市では、さすがに問題があると考えたのか、もっと街並みは綺麗なもんなのにな」

 多分、ここ首都であるエゴーに数多くの貴族が住んでいることが関係しているのだろう。富と権力を持つ貴族が、政府にも大きく力を及ぼし、街の景観に対する政策がなかなか通らないのだ。私が!私が!の精神で……全くもって素晴らしい。クソッタレ。

 そんなエゴーでも、暗くなってくると、どぎつい町並みの色彩が和らいでいく。だから、夜のエゴーはそんなに悪いものじゃない。むしろ好きだ。

「……ここは常にうるさいけどな」

 客引きの声と、酔っぱらった客、喧嘩に発展しそうな雰囲気を醸している悪漢、カラフルにきらめく街灯。
 歓楽街は夜にこそ、その真価を発揮する。
 俺にとってはありがたくない話だ。

 客引きの声を無視しつつ歓楽街を抜ける。
 それから、しばらく歩く。
 スタスタスタ。。。

 建築物が少なくなっていき、道の舗装も途切れていく。だんだん遠ざかる人の声・気配にともない、体の感覚が研ぎ澄まされていく……。
 木々が乱立する街外れ、夜行性の動物の息を潜める雰囲気が伝わってくる。
 やがて俺は足を止めた。
 街外れの、歓楽街の光が微かにも届かない林の中で、特注の重しつき木刀を構える。
 今日はここにしよう。

「すぅーー、ふうーー」

 深呼吸して、集中力を高める。不明瞭な視界を少しでもより見えるように目を凝らす。すると不思議なことに、本当に木々の輪郭が捉えられるような気になってくる。

「――――っふうっ!」

 裂帛れっぱくの気合にのせて、剣を振り下ろす!

「ふっふっふっふっふっふっ………!」

 鋭く空中に切り込んでは素早く身を引く。ただそれだけの動き。しかし、規則正しく一糸乱れぬ反復運動は、武芸を嗜むものなら瞠目どうもくに値する光景だった。

「………………………………………………………!」






 一体どれほどの時間が経っただろう……素振りによって、地面に群生していた雑草が根こそぎ掘り返され、スレイ付近の地面だけがならされたように土以外何も残っていない。
 スレイにとってはいつもの見慣れた光景を何気なく見下ろしながら、脇に差し込んでいた水筒を勢いよくあおる。
 ごくっごくっごくっ……大きく喉を鳴らしながら、冷えた水を嚥下えんかする。一頻ひとしきり飲み下すと水筒から口を離し、満足げに水筒を眺めた。

「この水筒、やっぱりこの前買って正解だったな。怪しげな露天商だったけど、良質な水の魔石で常に水筒の水を冷たい状態に保ってくれる。この細長い筒に組み込もうなんて、よく考えたもんだ」

 水筒の底に沈殿するように組み込まれている水の魔石を見るように覗き込み、すぐに顔を上げる。月夜もここ、林の中では木々とその葉に遮られ届かない。

「そろそろ帰るか……」

 明日も護衛の仕事があるしな。

 心中呟き、俺は帰路についた。体を撫でていく風が気持ちいい。びっしょりに汗を吸い込んだ服も、風で冷やされ心地よさを感じるくらいだ。

 いい場所を見つけたな。

 今日の訓練場所の意外なほどの居心地の良さに、俺は一人微笑んだ。

 やがて借宿に帰り着いたころには、周囲の家々の光は既に消え去り、俺以外に活動する者は見当たらない。
 いつもの光景になんら疑問を抱くことなく、俺は借宿の扉を開く。
 ここで借宿に隣接する馬屋にまで足を延ばしていれば、あるいは常とは違う雰囲気に……我が身に迫る危機を察知できたかもしれない。

 その日も訓練をこなし、借宿へ心地よい疲労感を抱えながら寄宿し、寝台でぐっすりと朝まで眠りに就く……はずだった。

 しかし――、

「動くな!」
「うぉっ!?」

 思わず飛び起きた。

 あ、動いちゃった……そう思ったが時すでに遅し。

 怒涛のように押し寄せる武装集団に視界が埋め尽くされ、瞬く間に押しつぶされる。

「ぐふぇっ!!」

 耐えがたい重みと同時、肺から空気が吐き出される。
 頭には絶えずクエスチョンマークが浮かんでいたが、俺に抵抗するすべはなかった。

 よく訓練された兵士たちだった。あの時のことを回想して出てくるのは、そんな感想だけだ。
 最初は本当に意味がわからなかった。まるで予め決められていたかのようにあまりにも……そう、あまりにもスムーズに事が運んだのだ。

 俺が、囚人闘技者として罪を償うように判決を下されるまでが。

 数日じゃない。捕まった翌日に、その判決は下った。あまりに早い、恣意的しいてきな何かを感じずにはいられない展開に、俺は唯一自由を許される思考をフル回転させ、現状の把握に努めた。

 事の真相を把握したのは、俺がアビリティ持ちの闘技者ー特殊囚人闘技者として登録されていたことを知った時だ。地下収容所に収監されてから二日目の出来事だった。
 アビリティ―それは、ヒトが発現し得る奇跡の力。

「ある意味ここは落ち着くな」

 ここは色彩などとは無縁、土気色の一色のみ。素晴らしい!……皮肉だよチクショー。

 そう、俺は今、囚人の中でも戦闘するに適した技術・肉体を持つものが贈られる場所――闘技場の地下――地下収容所に監禁されている。

 どうしてこうなった。

 いつ、プルマンは俺がアビリティを持っていることに気づいたのだろう。
 俺はなぜ、自分がアビリティに目覚めたことに気づかなかったのだろう。
 いつ、アビリティに目覚めたのだろう。
 アビリティに目覚めるという、ヒトにとっては一大事である事態に他人に気づかれ、こんな状況に陥ってしばらくしてから気づくなんて――、

 く、悔しいです……!

 痛恨の極みと疑問は尽きなかったが、やることは決まっている。

「なんとしても、ここを抜け出してやる」

 どんな手段を使ってもな。舌べろぉり……。

 舌なめずりを野性的にかましながら、自身の成り立ちを振り返る。

 孤児院で育ち、13歳で独り立ちしてから傭兵一筋で生きてきた。そこで育まれた気概。それに俺は、理不尽な現状を甘んじて受け入れるほど軟弱でもないし、気も長くない。

「プルマンの野郎、許さねえ……」

 一体どういう方法で俺を嵌めたのか知らないが、やられたらやり返す。倍返しだ。目途はてんで立ってはいないが。。。

「就寝だ!お前ら全員さっさと寝やがれ!」

 看守の声が地下収容所に響く。
 日課である素振りが出来なくて、すこぶる体がなまっている。
 が、今はどうしようもない。
 ぐつぐつとした感覚を苦虫をかみつぶす思いで我慢しながら、俺は寝具に体を滑り込ませた。借宿のモノとは比べ物にならないほどにボロく汚い寝具に辟易へきえきしつつ、目を閉じる。

 このままじゃ終わらねえ。絶対に。そのためにはまず、俺のアビリティがどういうものかを一刻も早く理解しなければならない。
 まどろむ意識の中、うっすらと目を開けながら、スプレマ国首都エゴーの闘技場の噂を思い出しながら呟く。

「そうしないと……生き残れない」

 ビジボル闘技場。
 年生存率1%以下。
 過酷な生存競争が日夜繰り返されている、地上の地獄。。。







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