「……ああ」
看守は言って、部屋の階段を下る。前後左右に四人の看守が就くのは変わらない。
階段を下って、しばらく歩くと小部屋があった。
看守は扉を開け、軽く顎をしゃくった。
「入れ」
入ると、さらに二人の看守がそこにいた。脇に、武器防具がいくつも重ねられ、並べられている。
好きに選べってことか。
「手を出せ」
そのうちの一人に言われ、俺が大人しく手を出すと、看守は懐から鍵を取り出し、手錠―『アビリティ
カチャカチャと鳴った後、手錠が外された。
「もう理解していると思うが、この部屋ではアビリティの力は著しく減退する。我らに危害を加えようとすれば、即刻首を
いや全然わからないんだが。アビリティの力が減退? マジで?
俺の様子に気づいた様子もなく、看守は淡々と続ける。
「アナウンスの声は聞こえるな。名前を呼ばれたら、奥の扉を通れ。あとは真っ直ぐ10メートルほど進めば、闘技場フィールドの西門入場口だ」
「俺は〇ケモンがいい」
「は?」
「〇ジモンでもいい」
「何を言ってるか知らんが、向かいは東門だ」
「行っけぇ! GO!!」
「行くのはお前だ」
看守と戯れて平常心を保つ。
籠手、膝当て、腰回りの厚革、動きを制限しない軽装の防具を身に着けると、武器庫へと向かう。
俺が脇の武器庫を物色していると、少し意外そうな雰囲気が背後から窺えた。
アビリティ持ちが武器を持つことは珍しいのだろう。
試合で目覚めることが出来たとしても、何か得物がないとさすがに不安過ぎる。
看守の視線をスルーして、俺はなるべく自分に一番しっくりくる武器を、出番が来るまで探し続けた。
やがて、その時が来た。
「さあ、次の試合は皆さんお待ちかねのアビリティ持ち同士の戦いです! ふぅ~、皆さん盛り上がってますねえ! それでは入場してもらいましょう――まずは西門、スレイ選手ーーっ!!」
実況者と思われるその女の声は、俺の心中と反比例するように明るかった。
それはどこか奇妙で、そして、俺を少し
入場口へと歩を進めていく。
一歩進むたびに、鼓動は高鳴っていく。
俺が闘技場フィールドに姿を見せると、体を圧するほどの大絶叫が耳に届いた。
無数の視線が俺に注がれる。
膨大な数の観客の声は振動となり、
「続いて東門からは、バゴウ選手ーーっ!!」
ドクンッと心臓が高鳴った。
どんな奴が相手だ。
俺は東門を凝視した。
やがて、東門から現れたのは――。
……なんだこいつは。
それが俺が対戦相手を見て出てきた第一印象だった。
俺と同じヒューマン。
よくいる焦げ茶色の髪と瞳。
かなりの筋肉質で腕も足も丸太のように太い。背は俺より頭半分ほど上背があるくらいか。
雨で濡れた長髪は、男の顔をほとんど覆っている。
だが、決定的に普通とは違うモノがあった。
俺の体から一気に汗が噴き出した。
相手の体中から迸る威圧感のせいだ。尋常でない速さで、足元から恐怖が全身までを這い、舐めまわしていく。
俺の様子を察したか、男は僅かに口角を上げたように見えた。
「さあ、今回の両者のプロフィールですが、お互いに特殊囚人闘技者! バゴウ選手は三戦していますが、スレイ選手は今回がビジボル闘技場での初試合となります!むむっ、剣を手にしてるのはアビリティに関係があるのでしょうか……?果たして、期待のルーキーは一体どんな戦いを見せてくれるのかあっ!? 今から待ちきれません!! 」
ルーキーは全員期待されてるってことか。いやまあ社交辞令だろうけども。
苛つかせたりちょっぴり嬉しくさせたり、俺の心、
「!」
俺の体に衝撃が
可愛らしい声とは裏腹に、目は切れ長で、鼻筋がとても美しい。唇は少し薄く――耳は少しだけ長く、少しだけ尖っていた。
新緑の髪と蒼い瞳のハーフエルフ。
……超かわいい。
「結婚してくれえっ!!」
俺はあらん限りの力で叫んだ――が、観客の声にかき消され、その声は届かなかった。
俺が何か叫んでいることに気づいて、少し首を傾げた(かわいい)実況者だったが、すぐに観客席の方へと視線を巡らせる。
「何度もお越し頂いているお客様には聞き飽きたことでしょうが、フィールドの壁に沿って、半円を描くように強力な魔力障壁が張られているので、お客様に万が一の事態は起こりません。そこはご心配なく――あっ、スレイ選手、フィールドの中央まで距離を詰めてください。最低でも15メートルの距離まで近づくのがルールとなっております! あっ、お客様、魔力壁へモノを投げるのはおやめ下さい――」
実況は続く。
俺は我に返り、対戦相手を見つめる。
男はさっきから俺に視線を向けていたらしい。少しじっとこちらを見つめていたが、すぐに口元が歪むのを長髪越しに見た。
好きになれない笑い方だった。
さっきの獣人と同類の笑い方。
距離を詰めていくと、その表情が鮮明になっていく。
「――さあ、会場のボルテージも最高潮に上がったところで、参りましょう! 両者、構えて!」
俺は剣先を少し上げた。この距離で正眼に構えてもしょうがない。多分。
「それでは両者、試合…………始めっ!!」
開始の合図とともに、俺は剣先をゆらゆら揺らしながら後退する。
フェイントとか警戒してくんねえかな、と思いながら相手の様子を窺う。
――と。
「!」
前方から熱波がやってきて、身体を吹き抜けた。
思わず、剣を正眼に構える。
目の前の男から吹き付ける熱波が温度を増していくのが分かる。
表皮が火傷しそうなほどに熱い。
男の体は、白い靄のようなものを発生させている。
水が蒸発して、霧状化しているのか。
俺が男の状態を分析していると、突如、それは起こった。
ボコリ―――。
……男の体から、『赤いモノ』が噴き出た。
――火?
いや、そんな焚き火みたいな易しい形容では正しくない。
俺の見慣れた存在よりも遥かにどす黒い。赤黒いそれはまるで生き物のように、ボコボコと
……マグ…マ?
俺が目を見張る一瞬で、その赤黒い存在は、俺の身の丈を遥かに超える大きさまで膨れ上がった。
「なっ――!」
それはすぐにフィールド壁の高さも超え、首を大きく見上げる高さにまで膨れ上がって、バチバチという音を立ててようやく止まる。恐らく、魔力障壁にぶつかったのだ。
魔力障壁にぶつかったマグマは、鎌首をもたげるように蠢いた。
熱風が頬を
フィールド全体が一気に灼熱地獄へと化したかのように熱くなる。
男と、男が生み出すマグマの凄まじい熱によって、景色がゆらゆらと歪む。
――こんな一瞬で。
これほどの現象を引き起こすのか。
特殊囚人闘技者にされるアビリティ持ちは。
「――――――――!!!」
瞬時に動いた。相手が狙いを見定めているのを感じながら、俺はその狙いを少しでもずらそうと壁際へとジグザグに後退する。
相手の動くタイミングを見極めようと、背は半身だけ向けて、常に相手の姿を視界の端に捉えたままにする。
そして――。
視界の隅で、相手の様子を
相手の顔の、口の端が吊り上がる様を。。。
まず耳を覆いたくなるような音がした。シュウシュウと雨を焦がすような音。ボコボコというマグマそのものが発する音……。
そして――。
酸素を
「……っ!…っ!」
なるほど、これは確かに――――別次元で、別格で……化け物だ。
そんな思いを抱いた俺の元へと容赦なく、マグマが大量に降り注いできた――!
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